聖地の輿図

ネアポリス

Neapolis · 現在のギリシャ北部,エーゲ海沿岸のカヴァラ市(Kavala)。フィリピの遺跡の南東約15キロ。古代の町はカヴァラ湾の半島と岬の一帯にあり,マケドニア東部の天然の良港だった。現在もカヴァラはギリシャ北東部の重要な港湾都市である。
ネアポリスは,ギリシャ語で「新しい町」を意味し,マケドニア東部のエーゲ海に面した港湾都市で,フィリピの海の玄関口だった。パウロは第2回伝道旅行で,トロアスで「マケドニアの叫び」の幻を見た後,追い風を受けてネアポリスに到着した。ここがヨーロッパ大陸に足を踏み入れた最初の地であり,彼はすぐにここからフィリピへ向かい,そこでヨーロッパ初の信者たちが集められた。
聖書での初出
それで,私たちはトロアスから船に乗ってサモトラケ島に直行し,翌日ネアポリスに行き,— 使徒 16:11
背景
ネアポリスは,ギリシャ語のネア(「新しい」)とポリス(「町」)に由来し,「新しい町」を意味する。エーゲ海の北端,マケドニア東部のカヴァラ湾に位置し,フィリピの外港として機能した。フィリピ自体は内陸の約15キロにあり,ローマの植民市でマケドニア地区の主要な町だったが,ネアポリスの深水港と航路に依存していた。ローマ人が敷いたエグナティア街道(ウィア・エグナティア)はネアポリスとフィリピを結び,西へマケドニアを横断してアドリア海まで達しており,この港を海路と陸路の結節点にしていた。この地は元々,対岸のタソス島から来たギリシャ人が入植し,ローマ時代にはマケドニア属州の重要な自由港だった。ビザンティン時代にはクリストゥポリス(「キリストの町」)と改名され,中世以降,現在のギリシャのカヴァラへと発展した。 使徒の活動第16章は,パウロが第2回伝道旅行で,アジア州で伝道を続けようとしながら聖なる力に阻まれてトロアスに来たことを記す。「その夜,パウロは幻を見た。マケドニア人の男性が立っていて,『マケドニアに渡って来て,私たちを助けてください』と願い求めていた。パウロが幻を見るとすぐ,私たちはマケドニアに向かおうとした。エホバ神が,彼らに良いたよりを伝えるよう私たちを召してくださった,と確信したからである。それで,私たちはトロアスから船に乗ってサモトラケ島に直行し,翌日ネアポリスに行き,そこからフィリピに行った。植民市で,マケドニア地区の主要な町である」(使徒 16:9-12)。ルカはここで初めて「私たち」という一人称を用いており,彼自身がトロアスでパウロの一行に加わった可能性をうかがわせる。トロアスを出た一行は,追い風を受けて2日でサモトラケ島に着き,翌日ネアポリスに上陸した。この航海は,良いたよりが初めてヨーロッパ大陸に入ったことを示す。ネアポリスはパウロがヨーロッパの土を踏んだ最初の港だったが,彼は長くは滞在せず,すぐに街道を内陸のフィリピへ向かった。そこでは紫布を売るルデアとその家の人たちがバプテスマを受け(使徒 16:14-15),牢番とその家族も信じてバプテスマを受け(使徒 16:33),ヨーロッパ初のクリスチャン会衆が形成された。第3回旅行の帰路にもパウロはトロアス経由でこの海域を通ったが(使徒 20:5-6),「福音がヨーロッパに入った最初の地」としてのネアポリスの位置は,使徒 16:11によって不動のものとなっている。
関連聖句(新世界訳)
その夜,パウロは幻を見た。マケドニア人の男性が立っていて,「マケドニアに渡って来て,私たちを助けてください」と願い求めていた。— 使徒 16:9
パウロが幻を見るとすぐ,私たちはマケドニアに向かおうとした。神が,彼らに良いたよりを伝えるよう私たちを召してくださった,と確信したからである。— 使徒 16:10
それで,私たちはトロアスから船に乗ってサモトラケ島に直行し,翌日ネアポリスに行き,— 使徒 16:11
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